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芸術・文化が社会に与える影響とは – 中条アートロケーション《場》オープニング

投稿日:2018.06.11

G.W.真っ只中の5月5日。新緑の映えるあたたかな日差しのもと、長野市旧中条村に『中条アートロケーション《場》』がオープンした。

二階建ての大きな古民家を改修したこの場所は、アーティストたちが制作過程を原則公開しながら共同で利用するシェアアトリエ。もう一棟の居住スペースを使って滞在することも可能だ。自然豊かな日本の原風景に誕生したアーティストの秘密基地へ、国内外から様々な表現が集うこととなる。

中条アートロケーション《場》外観。心地よい天気のなかオープニングを迎えた。

2階の展示スペースには《場》の運営メンバーをはじめ様々なアーティストの作品が並ぶ

改修費については、クラウドファンディングサイト『Show Boat』を活用して資金を募集。コンセプトやリターン(支援のお返し)であるアーティストの制作物が大きな反響を寄せ、結果として目標金額の200万円を上回る226万7,000円を調達した。

そして無事に迎えた5月5日には、クラウドファンディングの支援者や地元・中条の方々を招いてオープニングパーティーを開催。作品の展示やライブパフォーマンスなど盛りだくさんの内容であったが、そのうちトークイベントの様子を中心にお届けする。

中条アートロケーション《場》の今後、美術・文化の社会における役割、これからの時代の生き方…。アーティスト3名による50分余りの対話は多岐にわたった。


スピーカー:角居 康宏(金属造形作家)
1968年石川県金沢市生まれ。金沢美術工芸大学卒。大学卒業後、陶芸家 鯉江良二氏に師事。独立後「はじまり」をテーマに独自の技法でアルミニウム鋳造にてアートピースを制作、2001年より錫の鍛金による工芸作品を制作。美術作品、工芸作品共に各地ギャラリー、美術館、アートフェアにて個展・企画展多数。

スピーカー:OZ-尾頭-山口佳祐(画家・絵師)
日本特有の思想や感覚、現代の発想や画法を融合し、万物に秘められた”何か”を追求しながら筆を走らせ続けている画家。近年は大絵馬や現代絵図を描き、奉納や文化の継承を進める傍ら海外での個展開催・アートフェスティバルへ参加するなど表現は多岐に亘る。

モデレーター:広瀬 毅(建築家)
石川県金沢市出身。1998年広瀬毅建築設計室設立。2014年長野市初のコワーキングスペース CREEKS COWORKING NAGANOを開設。2017年NAGANO Alternative「広瀬毅展」開催。間伐材粉砕チップを活用したインスタレーションでアーチスト活動を本格化。

限界集落にアーティストが集うことで起こる変化とは

広瀬
今日はこの中条アートロケーション《場》で、どんなことができるのか、どんな場所にしていきたいかをお話できればと思います。まず最初に、この場所をつくることになったきっかけを教えてください。

角居
僕もOZも制作場所の狭さで困っていて、共同の工房をつくることにしたんです。いろいろな場所を探しているなか、長野市の空き家バンクに登録されていたこの物件を見つけまして。工房にできる大きな空き家だけでなく、となりにも住居にできる空き家があったことが決め手でした。

これなら、僕らだけじゃなくて、いろんな人が関われる場所にできるんじゃないかと。いろんなものづくりが集まって、いろんな表現方法を見れる環境をつくることで、僕らの仕事にも厚みが出るだろうし、表現するってすごく楽しいことなんだなってことを、みんなに知らしめる場所になるといいなあと。改修を進めるにつれ、そんなイメージが膨らんでいきました。

OZ

1階は角居さん中心とした立体の作家、2階は私を中心とした平面の作家が、それぞれ制作スペースとして使うんですけども。例えば僕が2階で平面を描いているとき「なんかこう、立体にしたいんだよなあ、角居さーん!」って1階で相談できちゃう。逆に角居さんは「なんか描きたいなあ、OZ、筆貸してー!」って。作家同士がすぐに連携のとれる場所っていうのは、他にはあまりないのかもしれません。

角居

中条地区は65歳以上の高齢者率が52%。限界集落と呼ばれる場所で発信することでなにが生まれるのか、っていうようなことも今後の僕の楽しみでもあります。

少子高齢・人口減少で働き手が少なくなって、経済がこれまでのように回らなくなることもあるでしょう。そんなときに、経済を盛り返すのではなくて、もっと基準を違うところに持っていったほうがいいんじゃないか。経済を活性化することが幸せなんじゃなくて「幸せになることが幸せなんだ」っていうところに持っていきたいんですね。

世間の幸せに対する基準を変えることに、表現がなにか提示できるんじゃないかと思っていまして。僕らが中条に来たことで住民が1,800から3,000になるっていうことは、ないですよね。だけど、「なんか中条面白いんだよね。ちょっと観に行く?」みたいな地域になっていくと、限界が限界じゃなくなるというか、面白みを持った集落としてみんなに注目されるんじゃないか。そして人の生き方や流れ方に変化を起こせるんじゃないかと思っています。

《場》のロゴマーク。文字の周りを囲む楕円は、中条地区のかたちがモチーフとなっている。

美術・文化への理解が、寛容な社会を生み出す

広瀬
人口の減少とともに、限界集落と呼ばれる地域が全国的にどんどん増えていきます。そんななか、中条のような課題先進地域で幸せに暮らせている人がいたら、これからの時代の生き方として見本になるのかもしれません。

今日、お二人からお題としていただいているのが『美術・文化が社会にどのような役割を果たせるか』。これからの時代の幸せを考えるうえで、美術や文化が社会に対してどんなインパクトを与えることができそうでしょうか。

角居
アーティストって世間からよく「生活していけるの?」「食べていけるの?」とか言われるのですが、アートが当たり前になる社会っていうのはお互いに寛容になれると思うし、それが職業として成り立ってるんだって認知した時点で、作る側はもちろん、見る側の文化度全体が底上げされるような気がするんです。

みんなが美術や文化に対して寛容であって、理解しよう、わからないけれども認めよう。こういう表現って面白い、こんな生き方ってあるんだ。表現に対して認知の深い社会を、僕らアーティストが率先して作っていく必要を感じていて。この『場』からどんどん発信していって、みんなに認めてもらうことで、僕らのやっていることが自立しうるんじゃないかなと感じています。

最初のプログラムは二人によるライブパフォーマンス。角居氏が金属を叩く音が響くなか、OZ氏が真っ白なキャンバスに丸(まる)を重ねたような絵を描いていく。

広瀬
いまの話だと、表現っていうのはアーティストに限らず誰もがやってみたほうがいいんですかね?

角居
誰もがやればいいと思います。僕、ここのコンクリートのコテがけをしたんですね。夜中の12時くらいまでかけて。自分でやることによって、スーパーの駐車場にあるコンクリートを見て「これ上手い職人がやったなあ」とか思うようになるんですよ。見方が変わるんです。

やることによって、やってる人のやってることがわかる。今まで抵抗はあったけど絵を描いてみることによって、絵を描いている人のやっていることがわかる。立体を作ってみると、その複雑さや行程が少しわかるようになる。

「素人だから私はやらない」とか「美術に興味がない」とかって敬遠するんじゃなくて、自分でやってみることによって、誰かがやっていることのすごさがわかるようになる。そうすることで社会全体の文化度が上がっていくと思うんです。

広瀬
自分でやってみることで、相手の見ている世界や一人ひとりの”ちがい”をわかっていけると。OZくんは海外でも展覧会をやったりしているので、異なる価値観に触れることが多いと思うのですが、そのあたりいかがでしょう。

OZ
ここ数年、発表やパフォーマンスなどで海外に行く機会が少しずつ増えているんですけども、海外の方からすれば日本人=ジャパンなんですよね。だから、日本ではあまり話すことのない、舞妓や歌舞伎といった日本のトラディショナルな芸術・文化について聞かれることが多くて。

そういう環境でコミュニケーションをとって帰国すると、やっぱり日本が違って見えてくるんですよ。でもそれは海外に行って戻ってきたっていうそれだけの話であって、みなさんもきっと今日ここに来て家に帰ったとき、もしかしたらトイレの窓がちょっと違うふうに見えるかもしれないし、テレビの液晶がちょっと違って見えたりするのかもしれません。そうしたちいさなきっかけ自体が、表現なんじゃないかなって解釈しています。

広瀬
海外から見たときに日本人のアイデンティティみたいなものがあって。「フジヤマ、ゲイシャ」みたいな。海外の人にとっては日本人という”ちがい”を見つけるきっかけであるわけですよね。日本人だけで話をするときに「僕は日本人だ」っていうアイデンティティは見えづらい。そのなかで自分が、自分の隣に座っている人となにがちがうのかを見つけていくことが、コミュニケーションや表現のきっかけになるのかもしれません。

OZ氏が描いた絵の中央に、角居氏が制作した《場》のロゴのかたちをしたモチーフを付け加えて作品が完成。

アーティストの狂気が「自分らしさ」のヒントをもたらす

広瀬
僕もちょっと話をしていいですか。このイベントの前日、《場》の改修に関わってくれた人を招待して感謝祭をやったんですよね。どんちゃん騒ぎになったんですけど、そのとき思ったのは、アーティストの人たちみんな…狂ってる(笑)

言い方悪いかもしれないですけど、僕がふだん付き合っている人たちに比べると、みんなどこかに”狂気”みたいなものを持っているなと感じたんです。彼らの常識とは外れた部分が、一般の人たちにはすごく刺激になる。そうして多くの人たちと場を介して影響を与えることも、アーティストの役割のひとつになるのかもしれませんね。

角居
定期的に個展をやっているギャラリーのオーナーが、狂気に関わるこんな言葉を僕に教えてくれました。

「表現者というのは必ず狂気をはらんでいる。狂気をあからさまにするのが三流。狂気を見せないのが二流。狂気を薄皮一枚で表出させるのが一流。」

狂気というものを僕ら表現者は常にはらんでいますけど、表現者に限らず、人はみな少しずつ狂気を持っているんじゃないかと。それを出さないだけ。対して僕らは、薄皮一枚で出せるのか。そういう世界でものづくりをやっているんじゃないかな。

オープニングパーティーを締めくくるパフォーマンスは、OZさんによる角居さんへのボディペインティング。アーティストの狂気を垣間見る時間となった。

広瀬
まちづくりにおいて、地域に変化を起こすのは「よそ者・若者・馬鹿者」と言われています。《場》に集まってきているアーティストのみんなは、中条の方々から見ればよそ者という側面もあるけれど、それ以上に馬鹿者なんですよ(笑)

アーティストって自分なりの表現を見つけなきゃならないっていうことを、みんなミッションとして持っているんですよね。だからそれぞれ異なった狂気をはらんでいて、一人ひとりが違う表現をしている。

普通の人から見れば極端な例だと思うんで、誰もが狂気を出せってことじゃないんだけども、たぶんこれからの世の中は、そういう自分らしさみたいなものを見つけていかなきゃいけない時代になっていて。自分らしさを追い求めるアーティストたちが地域に関わるというのは、一人ひとりの”ちがい”を際立たせるきっかけになるんじゃないかなと思います。

OZ
自分で言うのも恐縮なんですが、描いているときっていうのは人格が別なんです。だからそれを制御するためにへんてこりんな帽子かぶってっていうのもあるかもしれないですけど。

スイッチのON・OFFとか、裏・表とか。そういう二極端なものってみなさんもお持ちだと思うんですけど、僕の場合は特にそれが極端です。その極端さが狂気であったり、馬鹿者ってところにつながってるのかなあって感じがします。

「ものづくり」を通じて「ものがたり」を交わす《場》へ

広瀬
今後は実際にここで制作を始めるわけですよね。そこに普通に遊びに来ていいんですか?制作って集中してやっているわけで、見に行くほうからすれば、突然行って迷惑じゃないか心配かと。

角居
見てもらいながら作るのは全然平気なので、どんどん来てください。ときには話しかけてほしくないオーラが出てると思うんですが、そのときはそっと見ていてくれればいいので。

OZ
オーラが出ているときにはそっと見守るっていう。僕らって見守られたり褒められると伸びるタイプなので。ぜひそこはちょっとお願いしたいですね(笑)

広瀬
ということなので、ぜひ地元の皆さんもどんどん遊びに来てもらうといいかなと思います。それから、工房以外の使い方として考えていることがあれば教えてください。

角居
絵画や立体物の制作に限らず、ライブや演劇といった表現の場としても幅広く使ってもらえたらと思っています。それから、キッチンに厨房設備を入れて、カフェにしようと思っています。中条で採れた野菜を使った美味しいお料理を提供したり、中条名物の「おぶっこ」って幅広のうどんを発信していったり。地元の人とアーティスト、地元の人と地区外の人、いろんな交流がこの『場』で生まれれば、そこでなにか起こりうる可能性もありますし。

広瀬
飲食もいいですね。一緒に食べるっていうのはコミュニケーションのきっかけになりますし。さて、最後になりますが、お二人には、中条の人たちに伝えたいことを一言ずつお願いします。

角居
2階の改修を手伝ってくれた僕の友人がオランダのアムステルダムでアートフェアに出ているんですが、「ここ面白そうだから、向こう行っても宣伝してくるね!」って言ってくれました。そういう人達によって『場』に興味を持ってくれる人が増えていって、たとえばオランダの人が中条へ来てくれる。そうなると、おもしろいこと起こりそうじゃないですか。

そういった外部の方々と、僕らはもちろん、地域も含めて交流していただくと、きっと楽しくなると思うんです。そういうことをやっていきたいなと思っています。みなさん、よろしくお願いします。

OZ
昔聞いたことがあるんですが、「物語」っていう言葉は”上から下へ対する教え”みたいな意味から来ているらしいんですよ。

僕はみなさんと物語をつくるというよりも、お話をしたいなというのが直球のストレートです。地域の方はじめ、県外・国内・国外いろんなところから来た方と、まず話していくなかで共有できる素材を見出していく。かたちとして残すのが僕たちの仕事なんですが、ものをつくるというより、雰囲気というか。そういう見えないものを、みなさんと作っていくためにも、お話してみたいなと。

角居
哲学者の梅原毅によると、「もの」っていうのは霊魂を指すそうです。僕らの「ものづくり」を介在して、それぞれの「ものがたり」をお互いに語ることっていうのは、上っ面の言葉だけじゃなくて、魂を交流させることなんじゃないかと。そういう場所にここがなっていったら最高だなあと思います。

中条アートロケーション《場》運営メンバーのみなさん

彼らがパフォーマンスをはじめると、会場はとたんに張り詰めた空気へと変わり、参加者たちは固唾を飲んでその様子を見守っていた。彼らの放つ狂気に強く引き込まれた理由は、私たちも心の奥底に狂気を潜めているからであろう。

みなさんもアーティストの狂気を体感しに、中条まで足を運んでみてはいかがだろうか。彼らとの対話の先に、これからの時代を生き抜くための「自分らしさ」が見えてくるにちがいない。

中条アートロケーション《場》
長野県長野市中条4462
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ライター:波多腰 遥
1994年生まれ、長野県安曇野市出身。長野高専環境都市工学科卒。2015年11月より株式会社CREEKSにてイベント企画やコミュニティスペース運営、クラウドファンディングサイトの運営を担当。「受容しあうやさしい空間と許容しあうやわらかな社会」をテーマに場づくりや若者の活動支援を行なう。

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